素朴派
税関に勤める一人の男が、日曜画家として密林の絵を描き続けていた。アンリ・ルソーは美術学校で訓練を受けたことがなく、遠近法も陰影の付け方も独学で身につけた。その結果生まれたのは、平坦な色面が積み重なり、葉の一枚一枚が輪郭線で丁寧に描き分けられた、奇妙な緊張感をたたえる密林の絵である。同時代のパリの画家たちは、この稚拙にも見える技法の中に、学校教育が消し去ってしまった何かを見出し、驚きとともに彼を迎え入れた。
素朴派とは、専門的な美術教育を受けずに絵を描き始めた画家たちを指す言葉である。それ以前の美術史では、独学の画家は評価の外に置かれるのが普通だった。しかし十九世紀末以降、印象派やその後の前衛美術が既存の技法や規範そのものを疑い始めたことで、状況が変わる。学院的な訓練を経ていないがゆえの率直な構図や、実物の比率にとらわれない自由な表現が、逆に新鮮なものとして評価されるようになったのである。写真の普及によって絵画が「正確に写す」役割から解放されたことも、この転換を後押しした。
代表作家には、元兵士で晩年に独学で絵を描き始めたアンドレ・ボーシャン、レスラーから転じて日曜画家となったカミーユ・ボンボワ、七十代で絵筆を握り田舎の暮らしを描き続けたアメリカのグランマ・モーゼス、パリの街並みを几帳面な筆致で描いたルイ・ヴィヴァンらがいる。彼らはいずれも本業を持ちながら、あるいは晩年に、絵を生活の余白として描き続けた点で共通している。
素朴派の画家たちが示したのは、技術の巧拙とは別の場所に絵の力があるという事実だった。ピカソをはじめとする前衛の画家たちがルソーの絵を熱心に収集したのも、そこに理由がある。鑑賞の際は、遠近法の狂いや不自然な比率を欠点として見るのではなく、画家が見たままの世界をどう画面に定着させようとしたか、その工夫の跡を追うとよい。