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MOVEMENT

新表現主義

Neo-Expressionism
1980s– 国際 収録作家 3人

1980年前後、ニューヨークやベルリン、ケルンの画廊で、大きなキャンバスに乱暴な筆致で人体や神話的モチーフを描く絵が次々と展示された。ミニマリズムやコンセプチュアル・アートが絵画そのものを疑い、思考や言語を作品の主役に据えていた時代への、明確な反発だった。絵筆を握り、絵具を厚く塗り、感情や身体性をそのまま画面にぶつける行為が、ふたたび美術の中心に戻ってきたのである。

この動きを後押ししたのは、美術市場の拡大とメディア環境の変化だった。大型ギャラリーが台頭し、絵画作品が投資対象として活発に売買されるようになった時代性は、目を引く大画面の絵画と相性が良かった。同時に、写真や映像、雑誌広告の氾濫のなかで、手で描くという行為の生々しさが逆に新鮮に見えたことも大きい。ドイツでは戦後の記憶や国家の歴史を歪んだ具象で問い直す作家が現れ、アメリカでは都市の欲望や消費文化を荒々しい筆致で捉える作家が現れた。表現主義という言葉が示す激情の系譜を、それぞれの土地の事情に合わせて呼び戻したのがこの運動である。

代表的な作家として、リュック・タイマンスは、暴力や政治的記憶を、あえて色を抜いたような淡く冷たい筆致で描き、感情の噴出とは違う形で「描くこと」の重みを示した。セシリー・ブラウンは、性や身体の記憶を溶けるような筆触の抽象と具象の間で表現し、絵画がまだ肉体的な媒体であることを証明した。アリ・バナイサドルは、群衆や崩壊の光景を渦のような筆致で描き、政治的暴力の記憶を抽象と具象の境界で扱う点で、この運動の現代的な継承者と言える。

新表現主義は、絵画を「もう終わった媒体」にしなかった点で美術史における転換点となった。以後、絵画は理論の後ろに退くことなく、むしろ個人の記憶や身体、社会の暴力を語る場として生き続けている。作品を前にするときは、筆致の速度や絵具の厚みに注目したい。そこには、頭で計算された構図ではなく、描く手そのものが持つ緊張と迷いが刻まれている。

この運動の作家

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この解説は ArtNote 編集部が執筆しています。 誤りを報告する