ラファエル前派
ロイヤル・アカデミーの権威ある展覧会に、若い画家たちの作品が「PRB」という謎の署名とともに出品された。ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティら二十歳前後の学生たちが結成した秘密結社の頭文字で、意味は「ラファエル前派同盟」。ルネサンスの巨匠ラファエロ以降の美術教育が、理想化された構図や暗い色調を型として押しつけていると彼らは考えた。目指したのは、ラファエロより前の初期イタリア絵画に見られるような、細部まで克明に写しとる誠実な観察と、宝石のように鮮やかな色彩の復権である。
背景には、写真術の登場や産業革命が生んだ工業製品への反発があった。自然の一葉一葉、布の織り目までを顕微鏡的な精密さで描くことは、機械が量産する曖昧な複製画への対抗でもあった。ミレイの「オフィーリア」は、川辺の草花を実際に何か月も屋外で観察して描き上げたことで知られ、モデルは冷たい浴槽に浸かり続けて体調を崩したという逸話も残る。
運動は当初、聖書や文学の場面を不自然なほど写実的に描くとして厳しく批判されたが、批評家ジョン・ラスキンの擁護によって評価が定まった。後年、ロセッティやエドワード・バーン=ジョーンズ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスらは、初期の細密描写から離れ、アーサー王伝説やギリシャ神話、運命の女性像を耽美的に描く方向へ進んだ。エヴリン・ド・モーガンら女性画家も加わり、装飾性と象徴性を強めた画風は世紀末芸術へと橋渡しされていく。
いま作品を見るときは、まず絵の中の花や布地、水面の一枚一枚に目を凝らしてほしい。写真以上に克明な描写の奥に、当時の若者たちが古い権威に挑んだ反骨心が息づいている。同時に、憂いを帯びた女性像の耽美な美しさにも注目すると、写実から幻想へと運動が変質していく過程がひとつの部屋の中で体感できるはずである。