ロマン主義
霧に包まれた廃墟の前で、ひとりの旅人が背を向けて立っている。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒが繰り返し描いたこの構図には、説明的な物語がほとんどない。あるのはただ、自然の巨大さと、それに対峙する個人の孤独である。十八世紀末までの絵画が神話や聖書、歴史上の英雄的行為を主題としてきたのに対し、ロマン主義の画家たちは理性では捉えきれない感情や、荒々しい自然、異国の光景、内面の幻視といったものに惹かれていった。
背景には啓蒙主義への反動がある。理性と秩序を掲げたフランス革命が恐怖政治や戦争に転じたことは、理性への信頼を大きく揺るがした。同じ頃、産業革命が都市と農村の風景を一変させ、人々は失われゆく自然や中世への郷愁を強めていく。文学の世界でも詩人たちが感情や想像力を賛美しており、絵画はそれと呼応しながら、測れない何かを画面に呼び込もうとした。
ウジェーヌ・ドラクロワは、燃えるような色彩と激しい筆致で異国の情景や動乱を描き、色彩そのものに感情を語らせた。ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは、嵐や光や蒸気を溶かし込むような画面で、対象の輪郭さえ曖昧にしてしまう。一方でジョン・コンスタブルは、故郷イングランドの雲や水面を丹念に観察し、穏やかな自然の中にも移ろいゆく感情を見出した。ウィリアム・ブレイクは独自の神話体系を版画と詩によって構築し、幻視者としての画家像を体現している。
ロマン主義が切り開いた、主観と感情を絵画の正当な主題とする態度は、その後の象徴主義や表現主義、さらには抽象絵画にまで及ぶ長い影響を持つ。展示室でこれらの絵に向き合うとき、描かれた嵐や廃墟の向こうに、画家自身の内面がどれほど映し出されているかを探してみるとよい。技巧の精緻さよりも、色や筆致が呼び起こす気分の揺れこそが、この運動を味わう鍵となる。