ARTIST
東京彫工会
日本 出身日本
東京彫工会は個人ではなく、明治期の東京の木彫・牙彫の職人の職業の団体である。その起こりは、1878〜80年ごろ石川光明(1852–1913)と旭玉山(1843–1923)が始めた牙彫の非公式な批評・競技の会に遡り、1881年ごろにより整った団体「彫刻競技会」となり、1887年(明治20)に改組・改称して東京彫工会となった。この1887年が参考資料の創立年である。のちに東京美術学校の彫刻の創立教授となる高村光雲(1852–1934)も、会の設立・活動と深く関わった。会は月例の会合を開き、審査を伴う展覧会・競技(第1回彫工会競技会は1886年に記録される)を組織して、木・牙などの彫りの職人に、日本の彫りが西洋の美術としての彫刻の観念に適応しつつあった時期に、出品・批評・切磋と技法の交換の場を与えた。彫工会の圏に連なる石川光明・高村光雲らは、1890年に帝室技芸員に選ばれ、会が近代の美術としての彫りの地位を高める一助となったことを映す。正確な解散の年を裏づける確かな資料は見あたらず、ときに結びつけられる「1924」も裏づけられないため慎重に扱うべきである。集団の機関であるため、単一の師・個人の代表作などの伝記の欄は素直にはあてはまらず、同名の個人の彫り師と混同すべきでない。
東京彫工会から広がる系譜
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