ARTIST
川崎小虎
Kawasaki Kotora
1886 – 1977日本 出身岐阜 / 東京
1800185719131970現在
■ 川崎小虎の生涯 1886–1977
川崎小虎(かわさき しょうこ、1886-1977)は岐阜市出身の日本画家。本名は中野隆一で、母方の祖父である日本画家・川崎千虎の養子となり、幼少期から大和絵を学んだ。千虎の没後は門下の小堀鞆音に師事し、東京美術学校を卒業。同校教員を経て創作に専念し、大和絵を基調とした叙情的な作品から、次第に人間味を帯びた画風へと展開、晩年は身近な自然や動物を素朴に描いた。1927年に帝展審査員となり、1943年には東京美術学校教授に就任。山本丘人・東山魁夷らと美術団体「國土会」を結成した。長女すみが東山魁夷の妻となり、東山にとって岳父にあたる。日本芸術院賞・恩賜賞、勲三等瑞宝章を受章。1968年に病に倒れた後も左手で制作を続け、1977年に没した。
美術運動
國土会(帝展系日本画)
大正〜昭和期
大和絵の伝統を基盤としつつ、山本丘人・東山魁夷らと結成した「國土会」を中心に、帝展・日展で活動した日本画の一潮流。
作品例
オフィリヤ
日本画大和絵
川崎小虎から広がる系譜
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同時代の作家
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