北方ルネサンス
ブリュージュの商人の家には、鏡が一枚掛かっていた。ヤン・ファン・エイクが描いたその小さな凸面鏡には、部屋の全体と、扉口に立つ二人の人物までが映り込んでいる。油絵具を薄く重ねて透明な光の層をつくる技法は、この地で洗練された。イタリアの画家たちが人体の理想的な均整と遠近法の数学的秩序を追い求めたのに対し、ネーデルラントの画家たちは布の織り目、金属の反射、肌の毛穴に至るまで、目の前にある物質そのものを執拗に描写することに情熱を注いだ。理想化よりも観察を、劇的な身振りよりも静かな細部を選んだところに、この地域独自の道筋がある。
その背景には、毛織物交易で栄えたブルッヘやアントウェルペンといった都市の富がある。教会だけでなく裕福な商人や市民が絵画の注文主となり、宗教画の片隅に自分たちの肖像や身の回りの品を描き込ませた。活版印刷と銅版画・木版画の技術が広まったことも大きい。イスラエル・ファン・メッケネムやダニエル・ホプファーのような版画家は、絵画を買えない層にも図像を届け、図案は国境を越えて画家から画家へと伝わっていった。宗教改革の動揺もこの時代と重なり、聖人像への疑念や偶像破壊の空気の中で、画家たちは肖像画や風俗的な主題へと軸足を移していく。
ハンス・ホルバイン(子)はイングランド宮廷に招かれ、王侯貴族の衣装の刺繍一本まで写し取るような肖像画を残した。クエンティン・マサイスは両替商や高利貸しを描き、貨幣と人間の欲を冷静な筆致で並べた。ハンス・バルドゥング・グリーンは魔女や死の主題に踏み込み、宗教的な図像に不穏な官能を持ち込んだ人物として知られる。ディルク・ボウツやシュテファン・ロッホナーは、なお中世的な敬虔さを保ちながらも、人物の表情や衣の襞に新しい写実の兆しを見せている。
これらの絵の前に立つときは、遠くから全体を眺めるだけでなく、顔を近づけて質感を追ってほしい。金の縁飾り、毛皮の一本一本、窓ガラスに映る街並みまでが等しい密度で描き込まれている。この徹底した観察眼は、後のオランダ黄金時代の静物画や肖像画へと確実に受け継がれていく。